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第7話 遠き日の想い出

Author: 波 七海
last update Last Updated: 2025-11-26 17:18:32

 龍王ガルガンドルムの言葉により気付きを得たヴァルシュは滞在先の宿坊で懐かしき過去に想いを馳せていた。

 宿坊は妖精の大森林ホッドミーミルにしか芽生えない大樹をくり抜いて造られており、かなりの広さを誇る。

 夏は風通しがよくて涼しく、冬は熱を溜めるため温かいので過ごしやすい。

 シャーロットとバムロールの結婚の儀は明日に迫っている。

 だが、ヴァルシュは既に覚悟を決めて決断を下した。

 そこにはもう迷いはない。

 そんな中、テーブルに頬杖をつくヴァルシュが想い起こすのは遠い日の想い出。

 ※ ※ ※

 昼なお暗き大森林の中に、木々が切り拓かれた大きな広場が存在した。

 開拓されたとは言え、大地には花々が咲き乱れ、生命の息吹が芽吹いて緑で溢れている。

 そこには2人の少年少女が短い草が繁茂した地面に腰を下ろしていた。

「ヴァル。もう泣きやんだら?」

「だって……。とうさまのしゅぎょうがキツいんだよ」

 赤髪の少年――ヴァルシュは一緒にいた幼馴染の少女に涙ながらに訴えていた。

 如何に父との剣の鍛錬が苦行であるかを。

 それを聞いた少女は眉をキリリと吊り上げて一喝する。

「ダメじゃない! そんなのじゃ!」

「えぇ……」

「言ったじゃない! ヴァルは将来、まおう様におつかえしてささえるんでしょ?」

 絹糸のようにさらさらな銀髪をツーサイドアップにした少女は仁王立ちすると腕を組んで叫ぶ。

 彼女は目の前にいる少年がかつて目を輝かせて語った熱い思いを覚えていたのだ。

 ヴァルシュの夢は魔王に仕えることであった。

 魔王の周囲には様々な種族から多種多様な部下ブレーンが送り込まれてくる。

 そのメンバーに入って、このデスペラント大陸で勇名を轟かすほどの猛者になり、魔王を悪しき人間族から護る守護者となるのだ。

 とは言っても現在、魔族と人間族は一応の平和的関係にあり小康状態を保っていた。

 活躍する――それは即ち再び、戦乱の時代が訪れると言うことだ。

「そうだけどさ。さいきん思ったんだよ。まおう様ってつよいヤツがなるみたいなんだ」

「それがどうかしたの?」

「だってつよいヤツだったらまもる必要ないじゃんか」

 ヴァルシュは魔族が陥りがちの強くなければ魔王ではないと言う考えに憑りつかれていた。

 そもそも魔族である以上、強くあれ!と言う言葉を強く信じているのだ。

 所謂いわゆる、実力至上主義である。

「よわいまおう様だっているもしれないでしょ?」

「そっか……? ん~そうなのかな~。よわいとなれないんじゃあ……」

 泣き言を零してはいたものの、やはりヴァルシュは弱い魔王の存在など認められなかった。

 少女の言葉にも納得できていない様子を見せている。

 そして腕を組んで唸り声を上げながら、強さについて考え込んでしまった。

 押し黙ってしまったヴァルシュの様子を見て、少女は慌ててフォローを入れようと口を開いた。

「そ、そっか、でも"もしも"があるかもしれないよ? にんげんには強いのがいるって聞いたけど……」

「あ、聞いたことある! ゆうしゃって言うらしい。にんげんがそう呼ぶみたいだ」

「ゆうしゃかー。なんか強そうなひびきがするね」

「そうなんだよ。だから……やっぱり強くならなきゃならないんだ!」

 どうやら無事に精神の着地点を見つけたらしい。

 ヴァルシュの頭の中では勇者から魔王を護る妄想が始まっていた。

 虚空に目を向けて興奮気味に目を輝かせ、その端整な顔を紅潮させている。

「おおむかしのまおう様はゆうしゃと戦ったらしいよ」

「へぇーどっちが勝ったのかしら?」

「ゆうしゃが勝ったって聞いたぜ?」

「まおう様はどーなったの?」

「ほろぼされて消滅したんだよ」

 この辺りは魔族の子供なら誰しもが親から聞かされる話だ。

 大昔のことはもちろん、直近では先代魔王と人間の勇者の一騎討ちの一節は有名なのである。

「え、でも今もまおう様いるしーまぞくの皆もいるじゃんかーどういうことなの?」

「そんなの知らないよ。俺だって聞いただけだし」

 人間の子供と変わらぬ英雄譚サーガ好きのヴァルシュも細かいところまでは把握していない。

 親や吟遊詩人から伝え聞いた話では全てを網羅できないのである。

 ヴァルシュは既に読み書きを学んでいたが、流石にまだ歴史書を読み込めるほどの語学力はない。

「そう言うシャルはなにになりたいんだよ」

「あたし? あたしはねーお嫁さん!」

「お嫁さん? そんなの誰にだってなれるよ」

「いいもん! あたしはあたしにしかなれないお嫁さんになるんだからッ!」

 先程からヴァルシュの傍らで彼のお悩み相談に乗っていたのは、妖精族の少女にして幼馴染のシャーロットであった。

 彼女は自分の夢を馬鹿にされたと思ったのか、プイッと顔を背けてツーンとした態度になる。

「ヴァルのばか! もう知らない!」

 せっかく親身になってヴァルシュの話を聞いてあげていたのに自分の夢を馬鹿にされたことが気に入らなかったのだろう。

 普段は温厚な彼女も思わず声を荒げて不機嫌モードだ。

 急に態度が素気なくなったシャーロットに、ヴァルシュが幼心おさなごころにもマズいことを言ったと自覚した。

 仄かな淡い紅色が心に灯る。

「ご、ごめん。えーっと……そうだ! なれるよ。シャルはかわいいからいいお嫁さんになるよ! でもへんなのが近づいてきたらたいへんだな……」

 そっぽを向くシャーロットの機嫌を何とか直そうとヴァルシュははたと考え込む。

 どうやら無意識の内にいて出た、さり気ない一言に気付いていないようだ。

 一方でシャルは少し頬を染めていた。

「うんそうだ! 俺がまおう様をまもるようにシャルのこともまもると誓うよ!」

「はえ? ヴァルがあたしをまもってくれるの?」

 何やら軽くトリップしていたシャーロットが、驚きながらも慌てて聞き返した。

 その顔は齢相応の幼気いたいけで、まん丸な目から美しい蒼銀の瞳が覗いている。

「そう。やくそくだ! いのちをかけてまもると誓おう!」

「ホントにホント?」

「龍族ににごんはない!」

 ヴァルシュはそう言うと右手を左胸に添えて大きな声で宣言した。

 魔帝國デスペラントの騎士がする正式な敬礼だ。

「そぉ……ありがと。でも2人もまもるって大変そうだね」

「うーん。まおう様がお嫁さんだったらいいのになぁ……」

 他人事のように話すシャーロットの言葉に、ヴァルシュは半ば冗談のように言った。

 当然、彼女もそんなことは真にも受けていないようだが、嬉しそうに表情を綻ばせている。

「あはははは♪ そんなことあり得ないよー」

 そうやって2人は緑の風が吹く広場で笑い合った。

 ――これはヴァルシュと後の魔王様の記憶の断片。

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